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プレゼント

結局プレゼントが決まらないまま誕生日が来てしまった。梅雨が終わって久しぶりに晴れた休日を、今年は彼女と二人でゆっくり過ごすことにした。しかし、なんとなく二人っきりでいると、なにも用意してあげられなかったことの申し訳なさが僕を包む。空気もぎこちなくなり、耐えきれなくなった僕は逃げるように庭に出て、草花の手入れを始めた。ため息をつきながら花壇の雑草をむしり取る。自分が雑草に八つ当たりしているようで情けなかった。額の汗をぬぐいながら、枯れてしまった春の花をみると、一輪だけ咲遅れたスイートピーが風に揺れていた。可哀想なくらい強い日差しにさらされている。今日のうちに花壇を片付けて、新しい苗を植える準備をしたかったが、刈り取ってしまうのは少し躊躇われた。どうしようかと考えていると、不意にどこからか飛んできた黄揚羽がスイートピーにとまった。暫く蜜を吸う様子を眺める。晴れた日に翅の黄色は目に鮮やかだった。

 

その時、ふと僕の頭に疑問が浮かんだ。蝶の翅は何故美しいのだろう。どうしてあんな芋虫からさなぎになって、わざわざ蝶になるのだろう。この美しい翅を得るために、わざわざさなぎになるのだろうか。もしそうなら、この翅が無くなれば、蝶は芋虫と同じなのだろうか。一匹の蝶が一生をかけて作る美しい翅。それはそれで価値があるのかもしれない。価値のあるものをたかが芋虫が持っているというのは、いささか身の程知らずではないだろうか。

 

「丁度、そういうの欲しいと思ってたんだ。薄くて柔らかい……」

 

 切り花用の鋏を黄揚羽に向ける。こういう美しいものは、虫けらよりも彼女が持つにふさわしい。蝶はいくら美しくても所詮は着飾った芋虫なので、鋏に気付きもせずに蜜を吸っている。僕は勢いよく根元から翅を切り落とした。金属の擦れる音とともに、バランスを崩した黄揚羽が地面に落ちる。黄揚羽は地面を這う芋虫に戻った。僕は美しい翅を拾い、ついでにスイートピーも切って立ち上がった。探すように足元をうろついている芋虫は、邪魔だったので枯草と一緒に捨てた。家に入り、リビングに入ると、彼女が僕の方に振り返る。

 

「いいのがあったんだ。君に似合うと思って」

 

 僕は彼女に近づき、彼女を抱き上げて翅を見せた。

 

「誕生日おめでとう。これからも一緒だよ」

 

 彼女は僕の指にしなやかな胴を絡ませて、ちろりと割れた舌を出した。

 

 

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