枇杷や書館
福利厚生のすすめ 2
「皆さん、おはようございます」
日本有数の企業が本社を林立させているオフィス街。その一角にあるビルの役員室に、今日も僕の挨拶が響いた。
「やあ、おはよう」
たまたま入り口近くにいた、僕の指導係の上妻さんが微笑みかけてきた。手にマグカップを持っていたので、朝のコーヒーでも嗜んでいたんだろう。
「あ、どうも。いつも早いですね」
「ふふ、残業はしたくないんだ」
そう言って肩を竦める。彼は社員寮で僕の隣に住んでいるのだが、いつ家を出たのかわからないくらい朝が早い。僕は早起きが苦手なので、少し羨ましく思っ ている。上妻さんの隣を抜けて、僕の机に向かう。僕の隣の伊織さんはまだ来ていない様だった。
「よかった、間に合った」
「何に間に合ったんだ? 」
僕の背後でコーヒーを啜りながら上妻さんが聞いてきた。
「伊織さんより遅く来ると、絶対彼女のぬいぐるみが僕の机まで侵食してるんですよね。他人が見てないからって勝手に置くのなんとかならないかな」
「ならないだろうね。伊織のことだ、自分が他人の迷惑になっているなんて夢にも思っていないよ」
「いや、単に悪気がないだけですよ。きっと」
その時、廊下からパンプスの軽快な足音が聞こえてきた。勢いよくドアが開き、話題の中心だった伊織さんが現れる。
「おはよーございまあす」
甲高くて間延びした挨拶をしてから、ゆっくりと彼女の机に向かってきた。彼女と仲の悪い上妻さんは、いつの間にか自分の仕事を始めている。
「おはようございます、伊織さん」
「吉田君、お茶淹れてきて。朝ごはん食べるから」
「朝っぱらから人をこき使わないでくださいよ……」
「お願いねー」
給湯室の方に僕を追いやると、彼女は鞄に入っていたらしい新しいぬいぐるみを僕の机に置いた。結局こうなるのかとため息をついて給湯室の扉を開けると、社長の家で雇われている水上さんが紅茶を淹れていた。
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