枇杷や書館
うさぎうどん
「ねぇね、何してるの?」
台所で餅粉を練っていると、都会から遊びに来ている従弟が足元に寄ってきた。私の手元を見ようと背伸びをしている。放っておくのもなんなので、椅子を引っ張ってきてやると、嬉しそうに飛び乗った。
「団子作ってるんだよ、団子」
「どうして?」
「お月様にお供えするんだよ。今日は十五夜だからね」
「そんなの、コンビニで買えばいいじゃん」
唇を尖らせながら、八歳のマセガキは馬鹿にしたようにボウルを覗き込んで言った。
「風情の欠片もないなぁ、お前は。もっと伝統は大事にするもんだよ」
「フゼイ?」
「お子様は分からなくて結構です」
「ねぇねも分からないんだ、あはは」
「見てるんなら手伝ってよ。手洗って」
「うん」
従弟がハッピーバースデーを歌いながら手を洗っている間、餅粉は程よい硬さに練り上がった。
「さて、これから団子を丸くする訳ですが」
「はい」
「まずは片手くらいの生地をとりましょう」
「ねぇね、先生みたい」
「でしょ? 生地をとりましたら、親指と人差し指の間から生地を少しだけ押し出します」
にゅるり、と出た生地を素早く切ってまな板の上に置いた。従弟も大きめながら生地をちぎる。
「できた!」
「はい。次は、それを上手に転がしてみましょう」
「団子、団子、団子ちゃん……」
一回教えると子供は器用なもので、不格好ながらどんどん団子を量産しはじめた。即興なのかよくわからない団子の唄を歌っている従弟を見ながら、鍋に水を張って火にかける。
「ねぇね、さっきデントーとか言ってたでしょ?」
「うん」
「なんでお月様に団子あげるの?」
「……なんでだっけねぇ。忘れちゃった」
「僕ね、思ったんだけど、ウサギさんにあげてるんじゃないかなぁ」
「どうして?」
ザルと新しいボウルを出して、氷水を作りながら聞く。
「ウサギさんはお餅つくじゃん。ウサギさんはお餅が好きなんだよ。だから団子あげてるの」
「うーん、団子と餅は別物じゃないかな……」
「いいの! だって、同じようなもんでしょ」
「まあ、材料にもち米使ってるけどさ」
「やっぱり同じだ」
得意そうにしている従弟の頭を小突いてから、沸騰した鍋に団子を入れる。根拠も論理もズレズレの子供らしい話だ。
「それでさ、キツネさんは油揚げ好きでしょ?」
「急に話が飛んだね……うん、おとぎ話的には」
「油揚げ入ってるから、きつねうどん。じゃあ、団子入ってたら、うさぎうどんになるの?」
「さあ……」
「僕、晩ごはんはうさぎうどん食べたい!」
「ええ? 今日はカレーにしようと思ったのに」
「うさぎうどん!」
自分で作った名前がよほど気に入ったのか、危ないと言うのに台所をぐるぐる走り回っている。いつの間にか冷凍うどんを引っ張り出して食卓に並べはじめ、それを見た叔母が今日はうどんか、なんて言い出したものだから従弟はさらに大はしゃぎした。
「お母さん、今日はうさぎうどん!」
「うさぎうどんって?」
「ねぇねが作った団子入れるの。僕が考えたんだよ!」
「ああ。そっか、今夜は十五夜だもんね」
もうこうなればうどんを茹でるしかなくなった。
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