枇杷や書館
報鍬譚
助けた時に思った通り、あのクワガタムシもとことん運がなかったらしい。どこで覚えてきたのかわからないが、私のために家事までこなしている。純粋とか、無垢とか、そういう言葉よりも馬鹿がふさわしいくらい、単純なクワガタムシ。昔話のテンプレートに従ったとはいえ、何で恩返し一つにためにわざわざ神様だか仏様だかにこの世に戻してもらったんだろう。もしかしたら、そういう単純さがあるからこそ、願いをかなえてもらえたのかもしれない。悪いことが起こりすぎて、考え方が卑屈になっている私としては、死んでから願いが叶ってもあんまり意味がない気がした。それに加えて婿になるとか抜かしているのには、呆れすぎて頭痛が酷くなる。
「雪ちゃん、雪ちゃんは大学生なの?」
机にフレンチトーストとサラダを置きながら、クワガタムシが聞いてくる。頭を押さえながら頷いて見せると、両前足をぎちぎち擦りながら言った。
「学校楽しい?」
一番聞かれたくない質問だった。
「そっか、楽しくないんだ」
「何にも言ってないんだけど」
「わかるよ。人間って思った事顔に出るから」
「何でそんなこと聞くの?」
クワガタムシが作ったフレンチトーストを頬張りながら、クワガタムシに聞いた。クワガタムシは私の冷蔵庫に入っていた蜂蜜のボトルを直にブラシ状の口に塗り付けて食事をしている。
「雪ちゃんがどうして、悲しそうなのかなって考えた時、一番馴染みがあるところって学校だよね。だから、学校のことを何とかすれば、雪ちゃんが幸せになれるかなって思ったんだ」
「でもさ、あんたは生徒でもないんだし、何ができるわけでもないじゃん。それに、私が落ち込んでたのは学校のことだけじゃないし」
「何に悩んでたの?」
「んー、悩んでたというか、悪いこと続きだったんだよね。彼氏寝取られたり、バイトクビになったり」
「学校だけじゃダメなんだね」
「そう。だから、本音言うとあんたにあんまり期待してない。私より運が悪いし」
「大丈夫。きっと雪ちゃんを幸せにするから。俺も働くし、心配なら学校まで迎えに行くし、寂しかったら抱きしめるし……」
「あんたに抱きしめられたら背骨折れそうだね」
「そんなに嫌かな」
「嫌だよ。虫じゃん。でも、フレンチトースト美味しかったよ。ありがとね」
「喜んでくれて嬉しいな」
照れるようにクワガタムシはブラシ口をもぞもぞと動かした。
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