枇杷や書館
報鍬譚
今日は午後から学校だったので、食事の後にシャワーを浴びて身支度を整える。私が適当に化粧しているところを、クワガタムシは不思議そうに眺めていた。化粧観察に飽きると、次に興味を持ったのは私のタブレットだった。
「ねえ、これって何?」
「タブレット。いろいろ調べるときに使うの」
「クワガタも調べたら出るかな」
「そりゃ出るよ」
「弄ってみてもいい?」
「爪で画面傷つけないでね」
私がタブレットを起動してやり、検索サイトまで飛ぶと、クワガタムシは器用に爪で文字を打った。やがて、検索結果が出たらしく、クワガタムシが嬉しそうな声をあげる。
「雪ちゃん、俺が出たよ。ノコギリクワガタ」
「へえ、道理で顎がでっかいはずだ」
「褒めてくれたの? なんだか照れるな」
大きく湾曲した顎を開いたり閉じたりして、どうやって出しているのか鼻歌を歌いながらタブレットを弄っていた。準備が整い、玄関で靴を履いていると、出発に気付いたクワガタムシが慌ててやってきて、いつの間にあったのか男物の靴を履きだした。見送りでもするんだろうか。
「じゃあ、行って来るから」
「待って、俺も行く」
「何でよ」
「雪ちゃんの学校が見たい」
「見たらすぐ帰ってね」
私にはクワガタムシにしか見えないが、他の人間の反応も気になる。少しだけこいつを外に出すことに興味が湧いた。部屋の外に出て、鍵をかけてからクワガタムシに渡す。
「私が帰るまで、留守番よろしく」
「任せて。早く行こう」
二人で並んで歩き出した。時々町の人とすれ違うが、クワガタムシに反応した人はいない。どうやら本当に人間に見えているらしい。
「あんたが人間になってる時って、どんな顔してるんだろ」
「わからない……雪ちゃんよりは年上に見えるかな」
「へぇ」
暫く歩いて学校の前まで来ると、ばったり寝取り女に会った。こいつはまだ私が寝取ったことを知らないと思っているので、黄色い声をあげながら私に話しかけてくる。私は無理矢理笑顔を作った。
「ユッキーおはよー!」
「おはよう」
「そちらの人は?」
「えっと、ノコギ……じゃなくて、えっと」
思わずクワガタムシの方を見る。クワガタムシは困ったように前足で顎の根元を掻くと、思いついたように触角を動かしてから、軽く会釈した。
「大鋸秋広って言います。雪ちゃんがいつもお世話になってます」
「よろしくでーす。あたしはみちるって言います」
「ああ、よろしく。雪ちゃん、また迎えに来るね」
「来なくていい。じゃあね」 迎えを断ったのにショックを受けたのか、乾いた笑い声をあげながらクワガタムシは帰っていった。
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