枇杷や書館
報鍬譚
確かに、ガソリンスタンドのトイレの近くにいたのは覚えている。でも、カマドウマから恨みを買うようなことはしていない。渇ききった喉から声を絞り出して、カマドウマに訴えた。
「知らないよ! 私はカマドウマなんて殺してない」
「殺したんだよ。あの夜、雪ちゃんは空き缶を蹴ったよね。俺はあれに当たって体が折れて死んだんだ。すごくすごくすごく痛かった」
「そんな……」
「死んでからもさぁ、雪ちゃんが心配で、せっかく人間になって会いに来たのに。何で、なんで雪ちゃん、別の虫の匂いがするの? 俺は雪ちゃんのために、雪ちゃんのせいで死んだのに」
鋭い爪を持った四本の前脚が、私の肩を掴んだ。クワガタムシと違ってあまりに力強く捕まえているので、肉に爪が食い込む。背後にまで伸びる触角が私を逃がすまいと頭上で揺れていた。
「痛いよ! 離して」
「嫌だ。君から他の虫の匂いがするのに耐えられない」
「ごめんなさい。あんたがいるなんて、分からなかったから。謝るから」
いつの間にか、私も泣いていた。クワガタムシも、このカマドウマも、みんな私の気紛れみたいな偶然で死んでしまったり、恩返しをしに来たりしている。運が無いんじゃない。私が行動したから、彼等を巻き込んだに過ぎないんだ。彼等は悲しいほど正直で、呆れるほど単純だから。何も考えずに恩返しに甘えて、不都合があれば運のせいにして、私は本当に馬鹿だ。
「何で泣いてるの?」
カマドウマは首を傾げながら私の涙を真ん中の脚で拭った。今から私を殺そうというのに、人の姿をしていた時のような平然とした態度が命を奪い慣れていること
「ごめんね。巻き込んでごめんね」
「謝るくらいなら君も死んでよ。僕のために、雪ちゃんも死んでくれるよね」
「嫌……助けて……」
「死んだら虫にしてもらえば? そしたら今度は、俺が蹴り殺してあげるね」
ギザギザの歯が何本も付いた口が、ゆっくり開かれる。ああ駄目だ。何も見えないように固く目を瞑った。
(9/10)