枇杷や書館
報鍬譚
午後の授業の始まりをぼんやりしながら待っていると、不意に隣に誰かが座った。足が長くて派手な格好をした男だった。香水臭いし肩にかかるような長髪だし、遊び人を絵に描いたような男が独りなんて珍しい。気にせずに再びぼんやりしていると、そいつは私に話しかけてきた。
「ね、君雪ちゃんだよね」
「はあ」
「俺、円佑馬って言うんだ。みちるちゃんの友達だよね」
「まあ、そうですけど」
「やっぱり。ねえ、良かったら連絡先教えてくれない? みちるちゃんから雪ちゃんのこと聞いてて、ずっと気になってたんだ」
「嫌です」
「そういうと思って、もうみちるちゃんから聞いてたんだよね」
驚いて遊び人の方を見ると、にやにやしながら私の携帯を握っていた。素早く奪い取って画面を開くと、知らないアドレスからのメールが入っている。
「これも何かの縁だし、よろしくね」
遊び人はにっこり笑うとどこか別の席に消えて行った。唇を噛み締めて、拳を握る。言いたいことも言えないまま、授業が始まった。みちるは罪滅ぼしのつもりなんだろうか。気持ち悪いので、すぐにメールを消した。みちるのことだから、きっと他のSNSの私のIDも教えてしまっているだろう。今更一人のためにすべての設定を変えたり、アカウントを消すなんて悔しい。みちる本人に問いただしてもいいけど、あとで恨まれでもしたら面倒だ。陰口を叩くタイプの人間なので、嫌われたらどんなことをされるかわからない。あのクワガタムシがどうにかできるような話ではないし、ここ最近で一番のピンチに陥ってしまった。悩んでいるうちに授業が終わり、急いで帰る準備をしていると、さっきの遊び人とみちるがやってきた。
「ユッキー、一緒に帰ろ? 大鋸さんのこと教えてよ」
「ごめん、今日バイトだから」
幸いクビになった話をみちるにはしていなかったので、嘘を信じてもらえた。足早に校門まで行くが、クワガタムシの姿はない。自分で来なくていいと言ったのに、何故かいない事に苛立った。クワガタムシの悪口を呟きながらいよいよ走り出した私の腕を、いきなり誰かが掴む。勢いを殺され、大きくのけぞって振り返ると、遊び人だった。
「離してください」
「待ちなよ、悪かったから」
「バイトなんで失礼します」
「駅前のスタンドでしょ。セルフになってから、バイトクビになってるはずだよ」
「何で知ってるんですか」
思い切り睨み付けると、遊び人は後ろ頭を掻きながら、白状した。
「前に、そこを使ったことがあってね。そこで君を見たんだ」
遊び人は私の腕を離すと突然、深く頭を下げる。
「本当にごめん。スタンドで君を見た時から、この人いいなって思ってて……みちるちゃんの友達って聞いたから、連絡先教えてもらったんだ。でも、急すぎたよね。みちるちゃん、やけにはりきっていろいろ教えてくれるから、君にもそういう気があるものだと思ってて。本当、失礼なことして、申し訳ない」
謝り続ける遊び人の頭を上げさせて、自分の気持ちを落ち着ける。チャラチャラしてナンパな奴だと思っていたけど、ちゃんと謝罪ができるということが分かった。いわばこの人もみちるの犠牲者なのだろう。私のことを気に入るような物好きだが、この人は悪い奴ではなさそうだ。
「そう、だったんですね」
「ごめんね。別に悪用とかはしないから。安心して。じゃあ、またね」
遊び人はそそくさと走っていった。
(5/10)