枇杷や書館
福利厚生のすす め
「まあ、怒るな。慣れるから」
「……」
本当にありえない。最初から上妻さんのことちょっと胡散臭いと思っていたけど、胡散臭いを通り越してヤバい人になりつつある。もしかしたら僕は、明日には辞表を出してるかもしれない。彼の言葉に絶句していると、上妻さんは少し笑ってから言った。
「それで、最初の仕事なんだけど、このUSBに入ってるデータをコピーしてきてくれないかな。今日中に100枚3部。できるだろう?」
「……それくらいなら」
高校生でもできそうな仕事だ。というか、自分が何についての仕事をしているのか全く分かってないのだが、これで良いのだろうか。上妻さんに案内されて、伊織さんの隣のパソコンを起動する。ちらりと彼女のパソコンの画面を見ると、ソリティアをやっていた。……なんだか彼女に対して抱いていた淡い理想が砕け散った気がする。こんな時は現実逃避しかない。目の前の仕事の戻り、ファイルを開いて1枚だけ印刷ボタンを押した。部屋の隅にあるコピー機が音を立てる。サイズとかの指定はなかったので、そのまま印刷していいんだろうけど、一応見てみることにした。席を離れて、出てきた紙を見直すと、そこには文字ではなく警告が印刷されていた。
「え、あれ? おかしいな」
「何か問題あった?」
「データをコピーしようとしたら警告が……」
「あ、ごめん。言い忘れてた。そのファイル印刷できないから、いったん君が手書きで起こしてから打ち込んでコピーしてくれない? スクリーンショットもできないんだ。セキュリティ解除できるような人材雇うくらいなら、アナログに立ち返った方がいいだろう?」
「……嘘でしょ?」
「本当」
「というか、なんで警告なんか出るんですか? おかしいですよね」
「警告マークよく見てみなよ」
言われたとおりに視線を落とすと、誰でも知っているようなあの企業のマーク。よく考えると、文書には何かの図形らしきものも映っていた気がする。
「あの、これって、ここにあったらマズいやつですよね」
「先週隊長が手に入れてきてくださったんだ。とても画期的なシステムだよ」
「でも、ここにあったらマズいやつですよね」
「これで今年の秋には、このシステムを応用した素晴らしい家電が店頭に並ぶだろうね」
「ここにあったらマズいやつですよね!」
「ところが、オリジナルを超えればマズくないんだよ」
「結果論じゃないですか……」
はっきりわかった。僕が務めることになった仕事、ここのオフィスは表沙汰にはできない違法な仕事をする部署なんだ。だからみんなちょっと、いやかなりおかしいし、最初に社長が言っていた通り、知られない方が良い職場なんだろう。辞めなきゃ。今すぐ辞めなきゃなにされるかわからない。第一、犯罪の片棒を担がされるなんて御免こうむる。
「あの」
「まだ質問があるのかい?」
「僕、この仕事やりたくないかなって……」
「どうして? 簡単だろう?」
「えっと、若い身空でお縄にはなりたくないというか。清い身でありたいというか」
前髪をかき上げ、一つため息をつくと、彼は僕の手を引いて部屋の隅に連れて行った。な、何だろう。知ってしまったからには生かしておけないとか言って刺されるんだろうか。この人たちならあり得なくない。
「君さ、頼むから面倒は起こさないでくれよ」
「め、面倒って」
「確かに、私がいろいろ説明しなかったのも悪かったと思うけど、現実は受け止めた方が良いと思うよ」
「何を言って……」
「少し隊長と話をしてきてごらん。君はまだ自覚が足りない様だから」
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