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福利厚生のすすめ

 

「ちょっと聞きたいんですけど、どうして皆さん、ここで働いているんですか?」

 

「んー……いろいろ理由はあるよ。でも、一番の理由は、僕らを受け入れてくれるのはここだけだったってことかな」

 

「受け入れる?」

 

「うん。君が感じたとおり、ここにいる僕たちは普通の人からしたらちょっとおかしいんだろうね。でも、それは社長が狙って集めてるんだ」

 

「どういうことですか?」

 

「僕たちは普通の職場や住まいじゃ難がありすぎるんだよね。すぐトラブルを起こしちゃうんだよ。だから、普通のところじゃ生きていけない僕らを、社長は職と住まいを与える代わりに汚い仕事をやらせるんだ。たまに、君みたいなごくごく普通の人を雇って場の倫理観や価値観を保たせたりするんだけどね。社会に出て僕たちが変なことしないように。社長の趣味の、犯罪者予備軍の面倒見るって福利厚生の一環らしいよ……そういえば、君は上妻の隣の部屋らしいけど、何か問題はなかった?」

 

「……いえ、特には」

 

これでこの会社が僕を雇ったつじつまが合った。この人たちが変な理由もわかった。つまり社長は、僕にこの変人ばかりの頭がおかしくなりそうな職場で、正気を保ちながら、馬車馬のように働けと言っているらしい。ただでさえ疲れるのに、隣の部屋が同じ職場の先輩。息が詰まるったらない。上妻さんに問題と言われても、休みの間ずっと部屋にいたが、たまに生活音が聞こえるくらいで変なことはなかった。でもこんな話を聞いた後だと、何かしているのか気になってくる。

 

「問題ないならいいんだ」

 

「はは、五月女さんの言い方だと、上妻さんが変なことしているみたいに聞こえるじゃないですか」

 

「え? あ、そういうことじゃないんだ。うん。ただ、あ、いや、何でもないんだ、ホントに」

 

……滅茶苦茶何かあるらしい。取り繕うように彼は二本目の煙草に火をつけた。こうなれば全員が怪しく見えてくる。あの天使のような社長夫人にも秘密があるのだろうか。もやもやといろんなことを考えていると、はにかみながら五月女さんが僕にダイエットドリンクを向けてくる。

 

「飲んでみるかい?」

 

「いえ、結構です」

 

「そうかぁ」

 

彼がドリンクを冷蔵庫にしまったちょうどその時、上妻さんが給湯室に入ってきた。

 

「おや、殴られなかったようだね。本当に運がいいなあ」

 

「殴るって……」

 

空恐ろしい冗談に五月女さんは頭を掻いた。しかし上妻さんは救急箱を持っていたので半分くらいは本気だったらしい。手当てが必要ないとわかると、彼は箱を机に置いて、棚からリンゴを取り出した。ナイフで綺麗に皮をむきながら言う。

 

「まあ、その様子だと気が変わってくれたようだし、よかったよ。また社長とダーツしなきゃいけないとこだった」

 

「……アマゾンてダーツで決まったんですか?」

 

「やっぱりその話聞いたんだ。私が投げたやつだったかな……あ」

 

上妻さんが小さく声を上げた。親指を切ってしまったらしい。みるみる血が溢れてくる。

 

「あーあ、大丈夫ですか? 救急箱いるのは上妻さんの方じゃないですか」

 

「ふふ、そのようだね」

 

彼は出てくる血が球になっていく様を、まじまじと見つめながら言った。でも、僕が絆創膏を渡しても見向きもしない。気づいてないのかと彼の肩をたたくと、何を思ったのか給湯室から出て行ってしまった。

 

「あの、これ!」

 

「あー、吉田君。行かない方が良いよ」

 

「え?」

 

 

 

 

 

                                                                  (6/10)

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