枇杷や書館
福利厚生のすすめ 2
「お兄様、お可哀想に。きっと良いご縁に巡り合えていないのね」
「愛……僕どうしたらいいんだろう」
夫人が半べその五月女さんの頭をなでている。
「お、おに、お兄様!?」
僕が吃驚して変な声をあげると、伊織さんからうるさいとヤジが飛んできた。五月女さんは夫人とにこにこしながら笑っている。
「えへへ、知らなかったっけ? 妹なんだよ」
「お兄様、私もお見合い応援いたしますわ」
「本当? でも悪いよ、僕のことなのに……」
「ですが、お兄様が悲しいのは、私も辛いのです」
五月女さんの手を握って、懇願するような視線を向ける夫人。五月女さんは首をひねってうなりながら悩んでいる。優柔不断な人なんだな。たぶんまだ悩み続けると思うので自分の机に戻ることにした。が、またしても戻らなかった。正確には、後ろを向こうとしたけどできなかった。夫人がいるところには、社長がいるのである。チラリと見えてしまった彼の表情は恐ろしいほど動きがなかった。真顔だった。もしかして、実の兄にまで嫉妬かなにかしているのだろうか。僕が恐怖に震えていると、五月女さんも社長に気付いたのか、慌てて手を放した。
「愛、今何と言った」
「あら、あなた。丁度良かった。お兄様がね、結婚なさりたいのに良い出会いがないの。私も辛いから、応援したいのよ。何か良い案はないかしら」
「愛が、辛い? 五月女が、自分で満足に結婚もできないせいで?」
社長は五月女さんを真っ直ぐ見つめながら、ゆっくりと夫人に近づく。どうやら夫人が五月女さんのせいで不幸な思いをしているのが許せないようだ。夫人にとっては同情レベルの事柄でも、社長にとっては大事な夫人の心の平穏を乱す害悪なのだろう。流石に身の危険を感じているのか、五月女さんは体を小さくして震えている。僕もつられて震えていた。社長は少し視線をそらして考えるようなしぐさをしてから、水上さんを呼んで夫人を奥に返し、上妻さんを呼んだ。
「何か、御用でしょうか」
「適当な女を2、3人見繕って来い。その辺りの風俗で構わん」
「かしこまりました」
「ちょ、ちょっと社長!」
「何だ煩い」
「流石にそれは……酷いですよ」
「不満か? 女で子供が生めれば何でもいいだろう。子供を欲しがっていたじゃないか」
「確かに子供は欲しいですけど、なんていうか、人生のパートナーが欲しいというか。老後とかも考えると、独り身では心配だし、愛も結婚してすでに二人も子供がいるのに、僕だけ独り身なのは親に申し訳ない。それに、いつか家庭を持てば僕のこの癖も治るかもしれない。そういう人と出会えるかもしれないじゃないですか。それをその辺の女でいいとか、まあ出会いとしては出会いですが、ちょっと違うと思うんです」
(6/8)