枇杷や書館
福利厚生のすすめ 2
「なんだ、いつものことじゃないですか」
「この前なんか車で轢いてさぁ、裁判一歩手前だったよねー!」
「示談金いくらでしたっけ」
「……一千万ちょい、かな」
五月女さんは嬉しくなると暴力を振るわずにはいられない性格なのだ。普段は優しくて頼りがいがあるのに、どうしてこんな性格なのか全く意味が分からない。会社の売り上げがライバルを抜いたと言うとホワイトボードを破壊し、残業で疲れているだろうと差し入れをすれば相手を殴る。お見合いでも例に漏れず、お付き合いを承諾されると嬉しさのあまり殴ってしまったらしい。僕らが散って仕事を始めてもやる気がなさそうで、ぼんやりしていた。
「結婚したいなぁ……」
五月女さんは言いながらまた机に突っ伏した。ここの仕事は危ないものだが、何故か結婚などは制限されていない。五月女さんもいい年なのに独身なので、焦りを感じているらしかった。
「無理でしょう」
独り言を聞いていた上妻さんが、鼻で笑いながら言った。
「はっきり言わなくてもいいじゃないか! 僕だって真面目に悩んでるんだぞ」
流石に頭に来たのか、五月女さんが上妻さんに詰め寄るが、気にも留めていない。
「そう言われましてもねぇ。私のせいではありませんし」
「大体、どうして上妻が結婚できて僕ができないんだ。世の中おかしいよ」
「え? 上妻さんて独り暮らしですよね」
「おや、言ってなかったかな」
愉快げに微笑みながら、上妻さんが僕に向かって言った。
「初耳ですけど」
「ふふ、正確にはしてた、だけどね」
「してた!?」
「そう。上妻はバツ2なんだよ」
拗ねたような声で五月女さんが僕に言う。上妻さん可笑しそうに口元に手を当て、少し得意げに僕と五月女さんを横目で見た。
「に、2回も……あんなに気持ち悪いことしてるのに」
「心配ない。ちゃんと別れるまで隠し通したよ。いやぁ、独身は楽で良いですねぇ、自分に正直でいられますからね」
「上妻、黙らないと怒るよ」
「ご命令には従いかねます。隊長」
「悔しい……」
立場的には五月女さんの方が上司のはずなのに、完全に上妻さんが優位に立っていた。僕はおじさんが自分より若い人に負けている姿なんて見たくないので、仕事に戻ろうと振り返った。が、いつの間にか社長夫人が来ていて、心配そうな目で五月女さんを見つめていたので、もう少し見ていることにした。
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