枇杷や書館
社員たちの初詣
除夜の鐘が鳴り、空が白み始めた頃。僕と上妻さんは初詣へと出発した。外は薄く雪が積もっていて、まるで冷凍庫のように寒い。風が刺さるようだ。
「伊織さんたちとはどこで待ち合わせてるんです?」
「鳥居の前で集合だ。二人とも目立つから見つけやすいだろう?」
「そうですけど、外で立ちっぱなしは凍えそうですよ」
「放っておいても大丈夫。どうせ二人とも素面じゃないだろうし」
神社に到着してみると、上妻さんの言った通り顔を上気させた二人が楽しそうに鳥居の前に立っていた。此方に気が付いたようで、五月女さんが大きく手を振っている。僕が走って彼らの下へ行こうとした瞬間、いきなり上妻さんに肩を掴まれた。
「え、あの、なんですか?」
「さっき言ったろう、素面じゃないと。走って行ってみろ、急いで来てくれたことに喜んで隊長に殴られるぞ」
「あぁ……なるほど」
僕は上妻さんの後ろに隠れながら、ゆっくりと二人の元に近づいて行った。
「あけましておめでとう。上妻、吉田君」
「あっけおめー!」
「お二人とも、あけましておめでとうございます」
「挨拶はもういいでしょう。甘酒を飲みに行きませんか」
「ああ、良い考えだねぇ。……もしかして、僕たちが外にいたから誘ってくれたの?」
「いえ、私が寒いだけです」
「あ、そ、そう」
真っ赤な顔をさらに赤くして頬を掻く五月女さん。ここで頷いたら殴られるのは分かっているので上妻さんは早々に甘酒をもらいに行ってしまった。伊織さんは普段より甲高い声でケラケラと笑っている。
「マジたいちょー自意識過剰! あっはははは!」
「だ、だって……」
「上妻も新年早々殴られたくないんだろうねー!」
「え、な、殴らないよ」
「まぁまぁ、上妻さんに置いて行かれますよ」
四人で無料配布している甘酒をもらい、一息ついた。米麹の甘酒は酒臭さが無く、甘みが柔らかい。流石の人込みで座るような場所はなかったが、十分体は温まった。
「やっぱり売ってるやつより手作りのは美味しいね。僕買ってみたんだけど失敗しちゃってさ。火加減気を付けないと茶色くなるし、冷たいのは味微妙だし」
「そうなんですか? 僕は実家の母が作ってくれてたから、こういう手作りの方が馴染みがあります」
「へぇ、吉田君の実家かぁ。帰れないけど、年始の挨拶はするんだよ」
「わかってますよ」
「隊長、そういえば社長と愛様はいかがお過ごしでしたか?」
僕と五月女さんが話していると、上妻さんが思い出したように五月女さんに聞いてきた。伊織さんは姿が見えないので、きっと出店巡りをしているのだろう。
「普段通りだったよ。いろんな会社の客人の相手をしていたし、今愛は寝てるんじゃないかな。初詣に行きたいと言っていたから、人が引いて来たら来ると思うよ。社長は会長と話し込んでいたし、僕は甥っ子姪っ子と喋っていたから詳しいことは知らないけど」
「あれ、水上さんは?」
「愛と一緒に寝てるよ、たぶん。ずっと愛のそばにいただろうし」
「そうですか。なんだか、大変なんですね、社長も」
「そこのむさくるしい男たち! 早くお参りしておみくじひこうよ」
両手に綿あめを持った伊織さんが、明るい声で言った。
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